1. 導入:なぜ「指差呼称」をしていても事故は起きるのか?
現場のジレンマ
- KY活動、手順書、指差呼称……やるべきことはやっている。
- なのに発生する「まさか」の事故やヒヤリハット。
エラーの正体
- 事故の原因は、あなたの「気合不足」でも「老化」でもありません。
- 犯人は、脳が進化の過程で身につけた「省エネ戦略」です。
脳のエネルギー問題
脳の重さは体重の約2%ですが、エネルギーの約20%を消費します。
脳はパンクを防ぐため、「考えなくていいことは、考えない(自動化する)」ようにプログラムされています。
今日は、この「脳の自動化」とどう付き合うかを科学的に解説します。
2. メカニズム:「見ている」の正体(予測符号化と不注意盲)
ここでは「網膜」や「正常性バイアス」の表現を修正し、科学的に正確なメカニズムを解説します。
「目」と「脳」のズレ
- 目(網膜)には情報は入っています。しかし、脳がそれを「意識」に上げるとは限りません。
- 不注意盲(Inattentional Blindness): 人は、注意を向けていないものは、たとえ視界に入っていても「見えない」のです。
脳は「現実」ではなく「予測」を見ている
- 毎日同じ現場を見ていると、脳は「今日もどうせ同じだろう」と予測します(予測符号化)。
- 目の前の映像をイチから処理するより、記憶にある「いつもの正しい現場」の映像を再生したほうが省エネだからです。
- 期待バイアス: 「ヨシ!」と言いたい心理が、「異常」というノイズを無意識にフィルターカットしてしまいます。
3. 深層分析:ベテランを襲う「スリップ」と「ラプス」
James Reasonの理論を用い、エラーの種類を明確化します。
ヒューマンエラーの科学的分類(ジェームズ・リーズン)
- 初心者のエラー:知識不足や判断ミス(ミステイク)。
- ベテランのエラー:やり慣れた作業での「うっかり(スリップ)」や「抜け(ラプス)」。
なぜベテランほど危ないのか?
- 初心者は、脳のメモリ(注意資源)をフル活用して警戒しています。
- ベテランは、作業を「自動処理モード」でこなせます。これは技能が高い証拠です。
- しかし、自動モード中は「変化」に対する感度が下がります。
- 「指差呼称」が、安全確認ではなく「流れるようなリズム運動」になった瞬間、脳のスイッチは切れています。
4. 解決策:脳の「自動処理」を強制解除する技術
「注意資源の再配分」と「仕組み」に焦点を当てます。
限界を知る:注意資源には限りがある
- 人が同時に意識できるのは「4つ(±1)」程度と言われています。
- 「もっと注意しろ」と精神論を言っても、脳のキャパシティは増えません。
対策①:意識のスイッチを入れる「違和感」の演出
漫然としたルーチンワークは自動化を招きます。
- 手法:点検ルートを逆にする、手順の一部をあえて変えるなど、脳に「おや?いつもと違うぞ」と思わせる違和感(ノイズ)を意図的に作り出します。
対策②:指差呼称の「質」を変える(意味処理の強制)
定型句(「ヨシ!」)は自動化されやすい言葉です。
- 手法:具体的な変数を口にする。「圧力ヨシ!」ではなく「圧力計、数値は50、ヨシ!」と言語化する。
- 数値を読み取るという「情報処理」を挟むことで、自動処理を止め、意識的な注意(トップダウン処理)を引き出します。
対策③:個人の脳に頼らない「仕組み」のデザイン
人の脳はミスをする前提で環境を作ります。
- 手法:エラーが起きにくい物理的な配置、色による視覚的強調、ダブルチェックにおける視点の分担(作業者vs監視者)など。
5. まとめ:組織としての安全文化へ
- エラーは「個人の不注意」ではなく、「脳の仕組み」と「環境」の相互作用で起きます。
- 「慣れ」という自動化機能は、仕事の効率を上げますが、安全の感度を下げます。
- ゼロ災の鍵は、気合で脳に勝とうとすることではなく、脳の弱点(認知の死角)を前提とした「仕組み」と「習慣」を作ることです。